第4章 石の死活
これから碁を覚えようとする人にとって、最も厄介で悩ませられるのは、この石の死活でしょう。
死活は囲碁の基本中の基本で最も重要なものです。
盤上での生存競争に関することですから、少なくとも死活についてのイロハを知っていなければ、初心者同士といえども碁になりません。
死活は程度の差こそあれ、プロにとっても、ましてやアマとっては難しいものなのです。
まずは、簡単な基本死活から覚えましょう。
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活きるとは
まず、「活き」の条件を要約すれば、
「相手の石に完全に囲まれてはいるが、お互いの繋がりを確保している石の集団は、独立した二つの眼(部屋)を持つか、確実に持てると見なせる場合は活き」と説明できます。
★ 石の生命線と呼吸点
第2章の、石の「ツナガリ」と「切り」の項において、「石は線を通じてしか、味方の石とツナガラない」と説明しておきました。
このことは、当然のことながら石の死活とも密接な関係を持つ重要な事柄でありますので、今一度少し角度を変えて説明してみましょう。
図の黒の一石は、四方に伸びる線を持っています。
この四本の線は、この黒一石が、味方の石とツナガルためには、このいずれかの線を経由する以外にないのですから、黒にとっては、いわば生命線と言えるものであります。
この生命線が、最初に出会う交差点を、呼吸点と呼んでみます。
すると、図の黒は四つの呼吸点を持っていることになります。
第2章で説明した「四つ目殺し」は、四つの呼吸点の全てを相手方によって塞がれたため窒息死したと説明できるわけです。
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禁 じ 手
図1の黒の一団は、結論から言えば完全無欠な活きです。
図 1
最小の活きである二目の地(イ・ロ)しか持たないとはいえ、もはや何処からも侵されない、囲碁界最少の独立国です。
何故に、完全無欠な活きかについて説明するには、囲碁のルールから入る必要があるようです。
図2の石の配置において白イと打つ手は、囲碁のルールで禁じられています。
図 2
イの点は、四つ目殺しの打ち上げ跡地と同様な点であり、そこに打つことによって、たとえば、相手の石を取るなどの具体的効果はなく、単なる自滅行為にすぎません。 囲碁では、このような自滅行為は「禁じ手」になっています。
局面が進んで図3の場面になったとします。
図2でのイへの着手は、利得が全く無く、と言うより、全てを無にする手(禁じ手を打った場合は、ルールにより、即その時点で負け)であったのに対し、
図 3
図3で白イと打つ手は、黒△の3子を打ち上げるという具体的成果を伴っています。
このように相手の石が取れる場合に限って「禁じ手が解除」されるというわけです。 即ち、禁じ手を要約すれば、
「自らの石をもって、相手方のいずれかの石を取る場合の外は、相手が四方を囲っている一つの目(眼も同じ)に打つことは出来ない」となります。
逆にいえば、「石を取る場合に限って着手禁止点に打つことができる」となります。
以上の説明から、図1イ・ロの二つの点は、ともに白からは打てない「禁じ手」個所であることが分かりました。
図 1 再掲
禁じ手が二つ以上ある石は活きというわけです。
なぜならば、交互に打つというルールのもとでは、イ・ロの2箇所に同時に石を打つことは、物理的に不可能だからです。
★ 完全包囲とは
図4の白石は、完全にというより、完璧に黒石を囲んでいます。
図 4
「完全に囲む」とは、囲まれた石の集団が、相手の包囲網を突破して周囲の味方の石と繋がる可能性が全くない状態を言います。
石のツナガリと切りについては、第2章であらかじめ「石は線を通じてしか、味方の石とツナガラない」と説明しました。
図4の黒石の集団から外部に向かって放射している線の全てが、白石によって押さえられていることを確認してください。
黒石の集団は、白の完全な包囲下にあります。
★ 眼とは
眼とは「石が活きるために必要で、相手が打つことのできない点」を言います。
図 5
図5の黒7子でもって囲まれているイの点は、黒固有の領有点であります。
この限りにおいては、点イは黒の持つ「目(メ)」であり、同時に「眼」でもあります。
「目」であるということについては、今までの説明ですでに理解されており、疑問の湧く余地は無いと思います。
さて、もう一方のイの点が「眼」でもあるということについては、今までの説明では、これが眼ですと、断定的に触れただけなので、これから詳しく説明しましょう。
図5で、白イと打つことは、ルールで禁止されています。
これを「禁じ手」と言います。
禁じ手については、先ほども触れたましたが、ここで、もう一度説明しておきましょう。
この場合の禁じ手とは、簡単にいえば、打った手が何らの効果ももたらさないムダ手であるばかりか、自ら死地に単独飛び込む自滅行為に過ぎない着手を言い、これを禁じたものです。
図 5 再掲
図5のイの点は正しくこれに当たり、「相手が打つことのできない点」ですから、図5のイの点は、一応眼と推定されます。
言い換えれば、イの点は、外界からの侵入経路の全てを、味方の黒石によってガードされた点であり、現時点では、相手からは不可侵の点です。
図5のイの点が、形としては、眼の定義に当てはまることは、明らかになりましたが、イの点が、周囲のいかなる状況変化にも耐え、眼としての存在を維持し続けることができるのか?
言い換えれば、白イの手が将来とも禁じ手として有効で、その結果この黒の一団の生存が将来とも保証されるのかという疑問が湧いてきます。
この事について、具体的に検討してみましょう。
図5の四つの空き点Aは、どちらにも属さない点、即ちダメであって、無いに等しい空間であります。
したがって、この空間は、白または黒石でもって埋め尽くされていると見なすことができます。
A点が、全て埋め尽くされたとなると白イと打つ手は、図5の原形では何の効果も上げ得ない自滅行為でしかない禁じ手であったものが、一転して、黒7子を打ち上げるという具体的成果を上げる手に変じたわけです。
さらに言えば、図5のA点が全て埋め尽くされた瞬間に、「禁じ手の解除」がなされたということに他なりません。
この項に関して、なお十分な理解を得るために図5の黒がどのような環境下にあるかをチェックしてみましょう。
この黒は、「白の完全包囲」下にあり、「相互の繋がりを確保している」集団であることは今までの説明で理解できたと思います。
図 5 再々掲
問題は、本章の「活きるとは」の項で示した、活きるための最も重要な条件である、「独立した二つの眼を持つか、確実に持てると見なせる場合」に関しては、この黒は、どのような状態にあるかを見てみましょう。
独立した「一つの眼」を持っていることは確かですが、「独立した二つの眼を持つ」には至っていません。
それでは次に「確実に持てると見なせる場合」に該当するかどうかを検討してみましょう。
黒石の周辺はと見ると、黒が続いて活動する余地はAの4点しかありません。
これでは、新しく独立した、もう一つの眼を作る余地は、全く無いことは明らかですから、「独立した二つの眼を持つか、確実に持てると見なせる場合」のいずれにも該当しないのも確かになりました。
したがって、この様な環境下にある図5の黒石は、活きの諸条件の全ては満足していない訳ですから、この黒は現状のままで死んでいるということになります。 ★ 欠け眼とは
「欠け眼」とは、一見眼のように見えて、実は完全な眼でない目を言います。
何だか、ややこしい説明になりましたが、まず混乱を避けるため、目と眼の見分け方について説明しておきます。
一般的には「目」と言いますが、生死に関することに使われる場合のみ「眼」と言います。
図6のイの点は、一見「眼」に見えます。
図 6
ことにそう見えるのは、いままでの説明では、ほとんどの場合これに類似した図を使ってきたので、なおさらでしょう。
しかし、よく見比べてみますと、いままでの図では、ロの点に黒石がありました。 この図で、ロの点に黒石が加われば、この黒石は、独立した二つの眼を持つことになり、立派な活きです。
しかし、ロに黒石がない現時点では、この石は活きている石とは言えません。 即ち、ロの点に白が先着すれば、イの点は、たちまちにして「欠け眼」となり、黒全体が死ぬからです。
白ロと打たれると、何故イの点が、「眼」でなく「欠け眼」になるのかという疑問が湧くでしょう。
前項の眼とはの項で、「眼とは、相手が打つことができない点」と説明しました。
なるほど、図6で白ロと打った時点でのイの点は依然として「禁じ手」個所ですから、いまだに眼ではとの疑問があって当然だとは思います。
図 6 再掲
しかし、白ロと打った時点でのこの図を、よく見てみますと、目A・B・C・Dは全てダメであり無いに等しい点ですから、その全てが、詰まっていると見なせる点であることが分かります。
ダメが詰まっているとすれば、白が点イに打つことによって黒△の3子を打ち上げることができるので、明らかに禁じ手の解除点であることが分かります。
結論として、白がロの点を打つた瞬間に、点イは眼の可能性を持った目から、単なる目でしか、すぎなくなったわけです。
ということは「欠け眼」になったということに他なりません。
なを、図6の黒は、白からロと打たれた時点で黒死となりますから、周囲の状況が大幅に変わらない限り、白からは、以後何も打つ必要はありません。
はじめてのことで、お疲れではないですか?
おだやかな風景を見ながら、一服してください

関門海峡の夕なぎ 下関市海響館(新水族館)より、関門橋 を望む